韓国系の海外の反応サイトで、海苔の起源が話題になっていました。
以前から気になっていたのですが、海苔の起源に関する話が韓国系の海外の反応サイトでされる際、必ず韓国では昔から海苔を食べていたのに対し、日本では18世紀になってから食べ始めたと主張する人が出てきます。
しかし、日本人は海苔を縄文時代から食べていたという話もあり、18世紀になってから食べ始めたという話は時代がズレすぎているのです。
ということで、公平を期すため、日本の海苔と韓国の海苔である『キム』の英語版ウィキペディアに、海苔の紀元について何と書かれているのかを検証していきます。


海苔に関する最も古い記述の一つは8世紀頃に遡ります。 701年の大宝律令では、海苔はすでに税収の対象となっていました。常陸国 風土記(721-721年)には地元の人々が海苔を干している様子が記されており、出雲国風土記(713-733年)には海苔の収穫について言及されています。
引用:Nori – Wikipedia(翻訳)
日本では、8世紀の初めには既に海苔が広く普及していたようです。
韓国における食用海藻に関する最古の記録は、『三国遺事』(1280年代)に見られる。高麗時代に編纂されたこの書物は、紀元前57年から668年までの三国時代の歴史を記録している。この書物には、新羅時代の人々が海藻を持参金の一部として使用していたという記述がある。
引用:Gim_(food) – Wikipedia(翻訳)
韓国では、三国時代の新羅で海苔を食べていたようですが、これが具体的にいつ頃のことなのかは不明です。
またこの頃は、百済や高句麗で海苔は広く普及していなかった可能性が高くなっています。
海苔はペースト状で消費されていたが、江戸時代の1750年頃に東京の浅草で和紙の製紙法によってシート状の海苔(板海苔)が発明された。
引用:Nori – Wikipedia(翻訳)
日本の板海苔は、1750年頃に発明され普及していったようです。
シート状キムについては『白軒集』(백헌집 ;白軒集)に記述があり、その中で作家の李敬錫(イギョンソク; 1595–1671)は、遅れてきた知り合いからキム紙を贈られ、その薄さを紙に例えた詩を書いた。
1681年から1764年まで生きた朝鮮の学者、李益(イ・イク)が著した百科事典『星湖 史書』(韓国語:성호사설、漢字:星湖 僿說)には 、海の岩に生える赤みがかった藻類である海藻をシート状に加工すると記されている。
引用:Gim_(food) – Wikipedia(翻訳)
食用海苔シートの現代的な製造方法は日本から伝わった。シート状の海苔は、江戸時代の1750年頃、江戸(現在の東京)の浅草で、和紙の製法に影響を受けながら発明された。浅草海苔の製法は、現在日本や韓国をはじめとする多くの国で使用されている板海苔の製法を生み出した。
引用:Gim_(food) – Wikipedia(翻訳)
韓国の板海苔は、17世紀から断続的に作られていたようですが、現在の韓国で食べられている板海苔の製法は、日本から伝わったもののようです。
以上、海苔自体は日本でも韓国でも古くから食べられていたようで、日本では701年の次点で既に広く普及していたことが確実となっています。
韓国では、主に1280年代に書かれた書物により、三国時代(紀元前57年~668年)の新羅で海苔を食べられていたことが示されていますが、時期については、かなり曖昧です。
板海苔については、韓国でも17世紀から製造を試みていた様子がありますが、現在に伝わる板海苔は日本の浅草が発祥のようです。
このように、韓国が日本より先んじて海苔を食べていたという事実はないのですが、なぜか韓国の一部では、日本が韓国を追随して海苔を食べ始めたみたいな考えが広がっています。
おそらく韓国の一部の人は、海苔と板海苔を混合した上で、自分たちにとって都合の良い解釈をしているのでしょう。
日本人は縄文時代から海苔を食べていたでしょうし、現在における板海苔の製法を考えたのも日本人なのですから、どちらかと言えば、日本にこそ海苔の起源があると個人的には思います。



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